「勝つまでずっと諦めぬこと」〜沖縄視察報告3〜

2016年4月25日 01時26分 | カテゴリー: 活動報告

4月3日、4日の自治体議員立憲ネットワーク研修会には、本土から69人、沖縄県内から45人の自治体議員、サポーターを含め125人が集まりました。。

「戦う民意」と題した翁長雄志沖縄県知事の講演は、ウチナンチュの挨拶で始まりました。まったくわからない。それだけ、沖縄は独自の文化を持っている県なのだと主張されています。かつて琉球王国として独自の文化を持っていた沖縄は、私たちが言う明治維新が、沖縄処分という形で、日本に統合される形に至ったいう歴史があります。IMG_0294IMG_0335

また、第2次世界大戦の末期、本土決戦の前に「捨て石」となって島じゅうが戦場となり、当時の人口約45万人のうち13万人の方が亡くなり、生き延びた方たちも収容所に収監され、解放されるとすでにかつての家は、アメリカ軍に強制収容されていたと言う事実も。

1945年から日本に復帰する1972年までの27年間は、日本国民でありながら、日本国憲法から除外されてしまう状況が続き、自治権獲得に必死であったこと。日本国憲法に守られることを常に欲していたにもかかわらず、今や、その日本政府から基地を押し付けられていると

これは、今に至るまで「法治国家」でなく「放置国家」である。

沖縄は、基地がなければ、経済が成り立たないというのは、過去の話であり、今や、沖縄経済の基地依存度は5%にすぎないこと。これは、会場であったかりゆしビーチリゾートオーナーである平良朝敬さん(沖縄観光コンベンションビューロー会長)も今や、基地は沖縄の経済発展の最大の障害なのだと話されていました。IMG_0317

私自身、沖縄の今に至るまでの過程をあまりにも知らなさすぎると実感しました。

翌日は、稲嶺進名護市長の「地方自治と民主主義のあり方」と題する講演。普天間飛行場の代替地と言いながら、普天間の機能以上のものを辺野古に作ろうとしていること。アメリカ軍は、すでに海兵隊は縮小する予定であるにもかかわらず、日本の予算で基地を作るということ。IMG_0328

辺野古の基地増設は、ジュゴンが住む珊瑚がきれいな海を汚すな!という環境問題だけでないのです。基地はもう沖縄に入らないと言っている沖縄の民意を無視している民主主義の問題でもあるのです。つまり、沖縄、辺野古で起きていることは、日本のどこでも起きることだと警告します。

そして、稲嶺市長が最後に教えてくれたのは、なぜ、沖縄がこれだけ長く、戦いを続けられるかというと、それは、負けない方法を知っているからです。

「勝つまでずっと諦めぬこと」IMG_0329

その後、辺野古のキャンプシュワブのゲート前にも行ってきました。基地の中には、許可なく入ってはならないが、軍の人たちは、沖縄の街に許可なく入ってこれる。

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沖縄を離れる前に、糸満の平和祈念公園の資料館にも寄ってきました。案内してくれたタクシーの運転手さんの話では、沖縄の海は、色も綺麗で、波もないと。かつて、東京で働いていた時、湘南の海を見に行って、あまりの海が違いにびっくりしたと。IMG_0409IMG_0411IMG_0412

かつて、地上戦の果て、追い詰められた人たちが南の先端から波のない美しい海に飛び込んで命を失ったことを私たちは忘れてはならない。

 

翁長知事は力を込めて言いました。

「沖縄は基地を撤去し、平和の緩衝地帯になることで世界の平和に貢献できる」IMG_0344